2013年5月11日土曜日

吟遊詩人になりたい

大阪のラジオの広告でアフリカの吟遊詩人の話があった。

なんでもアフリカには村から村に旅し、隣村や通ってきたところの情報を伝える役割を持つ「吟遊詩人」という仕事を生業としている人がいるそうな。

中世ヨーロッパの吟遊詩人とは違って、アラブの旅行家(イブン・バットゥータ)と役割が似てるかもしれませんなあ。

「吟遊詩人」が来てくれた村では貴重な情報や自分たちの知らない面白い話をしてくれるその人に対して大層な歓待をするそうです。

ってな感じの話やったと記憶している。

何が言いたいかって???

俺、吟遊詩人になりたい!

って思っていたことを今日、急に思い出したのです。

いいじゃないですかね。この時代にふうてんの寅さんみたいな人がいたってねえ。

ただ、俺にはその勇気は今のところねえなあ。

でもすごく自分の能力と性格にあってる気がしてるんです。

1.雑学が好き(ていうか知らない間に覚えてしまう病気)
2.色んなことが知りたい
3.旅が好き
4.一人でいることが好きだけど寂しがり屋

これで飯が食えたらどれほどいいか。

誰か、この性格にあった職業があればご一報ください

あー、いま天から世の中、そんな甘くないようーって声が聞こえた気がする。

アラブ菓子くらい甘い世の中に住みたい





2013年5月10日金曜日

最近父親に似てきた

なんてことないこと書きます。

今まで母親に似ていると言われていました。

最近父親に似てきたと思うんです。

顔が???

顔は特に似てないと思う。

趣味とかやってることかな。

宗教、お笑い

そして今度日本帰ったら茶道を習おうと思ってます。

かえるの子はかえる

意識しなくても父親のやってることを踏襲するものなのですね。

ただ、俺は誰の子や??

って思うこともある。

なんか親と性格とか考え方、生きて行く道とか違うしなあ

まあまあ、ということで6月末日本帰ることになりました。

皆さん遊んでね。

2013年4月27日土曜日

スーダンもう半年

スーダンに来てから半年、先週、先々週は仕事で大変やったけど、ようやく一段落。
来たときはほんまに帰りたいと思ってたけど、徐々に仕事も軌道に乗ってきた感じやけどここで気ぬいたらあかん、あかん。もう一押し、二押し。

さて、最近よく思うことがあるのです。

それはどうしてこの私がアラビア語をまだ使っているのかということ。

このブログの読者の方はよくご存知だと思いますが、私は大学では落ちこぼれでした。

1年、2年のとき、勉強をせず、ケーキばっかり焼いてました。(大抵みんな1、2回生のときに勉強するのにね。)

そして、シリアに留学した当初はもうほんまに授業で何をやってるのかわけわからんかったけな。

その私がアラビア語を使って仕事をしている・・・・

神様はほんまにもう何がしたいんやろな。

アブダビの1年半のおかげですっかりアラビア語忘れて、今はまた単語帳を覚えなおしている段階やけど、まあ短い面談くらいはアラビア語で何とかできるまで戻ってきました。

人生ってほんとうによくわかりません。

スーダンでも色々とやらかしていますが、6月には一時帰国できる予定ですので直接お話をしたいと思います。

ということで、なんとか生きつないでますので皆様ご心配なく。

あとスーダン、もう既にめっちゃ暑いです。語学も苦手やけど暑いのもっと苦手かんべんしてーー


2012年12月19日水曜日

自問自答(スーダン編)

スーダンに来て1ヶ月が過ぎました。

今日は少し真面目な内容になってしまいますが勘弁してください。


ここに来て1ヶ月、アブダビとはまったく違う住環境、仕事環境に正直戸惑っています。

自分はここになにをしにきたのだろうか?
本当にアブダビから移ることを決断してよかったのだろうか?

この1ヶ月毎日のように自問自答しました。

また、はっとすると職場でアブダビの影を毎日追っている自分がいます。

二言目には「前の公館では・・・」

といってしまう自分がいるのです。

正直、この一ヶ月でやめようと思ったことは数え切れません。理由は新しい家では水漏れなどの問題が多発し、住環境が整っていないのに夜11時まで毎日のように残業を行っていた状況に加え、なによりも自分が仕事を行っている意義が全く見出せなかったことがつらかった。

今までの人生で味わった中で一番、精神崩壊に近かったと感じています。

アブダビの大使館では日本人の生活産業に不可欠な石油、天然ガスを確保したり、日本の技術を売り込む歯車の一部として、ある一定の満足感を覚えていたし、自分の給料が税金から出ていることに違和感がなかった。

しかし、スーダンの主要な業務は「支援」である。しかし、行っている「支援」が本当にこの国の人のためになっているのだろうか?ましてやそのお金を拠出している日本国民にどのような利益があるのだろうか?と考えると心が痛い。

何を隠そう、明確には開発支援を行いたかったわけではないが、世界の困っている人を助けたいと大学時代に思っていた。

いざ現実にその現場を見ると困っている人を助けるというよりかは、「仕事がなくて困っている支援関係者の雇用作り」といった側面の方が大きいように感じる。

ただ、本を読むとこういった問題は10年前から一向にかわっていない。

しかし、自分が新しいシステムの代案はないし、拠出するお金もないので文句に言える立場ではない。

また、それが自分にとってもどかしい。

1つわかったのは今の支援体制には地域政治や地元の人の人間性、部族間のパワーバランスの理解、プロジェクトの時間、長期的な資金が足りていないことだ。



ただ、ここにきたのは悪いことばかりではない。
館員がみんなそれぞれの専門性が高く、尊敬するところが多い。そして自分が取るに足りない存在であることが再認識できたこと。また一人で考える時間がまた確保できるようになったことはよかったと思う。

非常にまとまりのない文章になってしまったが最後にさだまさしの「風に立つライオン」の歌詞にでてくるように

「僕はやはりきてよかったと思っています。辛くないと言えば嘘になるけど幸せです。」と言えるようになってからここを旅立ちたいと思います。

さて私はここで何かを手にいられるのでしょうか。続く・・・のかな??

2012年9月12日水曜日

悔しさ大切

今日、こっちに来てから初めて仕事に悔しさを感じた。

別に個別事案であれば色々と失敗しているし、そのときだけ悔やんで終わりやけど、今日感じたのは仕事のやり方自体についてである。

2週間ほど前に上司が代わり、はじめは指摘されることに一理あるとは思いつつも

「まあまだこの国のやり方がわかってへんからこういってるんやろなあ」

と思っていた。

でも今日気付いた。実は今までやっていたことは単なる自己満足で楽しようとしていたことを。

確かに前までの上司の方針に合わせて仕事をやっていた。そして前からやっていた草の根的な広報文化活動に意義を感じていた。

ただ、行政がやるべきなのは「草の根」の活動ではない。

私が期待されているのは行政機関や波及効果の高い団体にコネクションをつくり、広報・文化活動を行う際にどれだけ拡散効果をもたらせるツールづくりができるか、また自分が直接行わずとも勝手に活動が持続するようなシステムづくりなのだ。

確かに草の根を対象とした活動はある一定必要だと思うし、なによりも楽しい。だって目の前の人が大抵喜んでくれるんだから。

そらそうである。だってタダ同然あるいは日本国民の税金を使ってもてなされたり、公邸に呼ばれたりして誰が喜ばないだろうか。

そして楽なのである。だって調整するべき関係者は事務所内の人と日本に始めっから興味を持っている人なんだから。

それよりも政府関係者や公益団体に自分から働きかけ、関係をつくること、一緒に仕事をすることが何千、何百倍も難しく、そんなことはこの国の事情では無理やとはじめっから決めつけていた。

そんなことに気付かずに仕事をやったつもりになっていたなんて本当にアホやった。

また、上司や予算のせいにもしていた。この体制やったらここまでしかできないと。

でも考えてみたら前の上司のいる間にこの矛盾に気付き、上司が代わった段階ですぐに動き出せるようにしとくべきやった。

いまは自分が気付いた事実に他の同僚が気付かずに「前例」や「楽しさ」「楽さ」にしがみついてる姿に腹が立ち、その腹立つ自分自身に嫌悪感を感じている。

自分はまだまだ半人前やと思い知らされた。


物事の流れについて「守破離」という言葉は日本の伝統文化の中で使われる。

まず守ることから始まり、守れたら次は破り、最後は離れていくと言われる。

いま半年間前例を「守」ってきたので、少し早いが「破」る段階に入ったのだと思う。

それにしても悔やしいがこの悔しさを活かして成長できるやろか。

なんか相に合わずええこと書いてしまった。

反省・・・


2012年8月12日日曜日

雨

オリンピックサッカー決勝戦の途中ですが、いま雨が降り出したので衛星から信号を受信できなくなった模様です。

さて、UAEに普段住んでいると雨を見るとなんだかうれしくなってしまいます。今も雨が降り出して10分くらいボーと見てしまいました。

ごろごろ鳴る空、バシャバシャ鳴る雨が地面を打ち付ける音、昔、雨乞いをしていた人はこんな気持ちだったのかなあって思ってます。

さて、ハルツームは現在雨期です。

雨がほとんど降らない湾岸諸国だったらまだしも、スーダンにはほとんど排水設備がないため、道には小さいプールが点々としている様子。

設備も雨が降るとすぐ壊れてもう大変。

こんな雨の降る国だったら農業をやればもっと安定するのに・・・
って思っても国の中枢は元々戦争しかやってない人たちなのでアホばっかり

日本に住んでいたら、何でもすでに合理化されていて何も考えないようになってますが、このような国にいるとうまくいかないことだらけのようです。

あー、今日太陽が下がったら散歩に行こうと思ってたのになあ~

って外みたらもうやんでるやん

イギリスなみの短さやなあ

ちなみにスーダンの舗装路の長さは鉄道の距離より短いらしいです。なのでほとんどの道は土まるだしでぼこぼこ、目的地にいきたければ大抵は「ここは沼地かっ!」ってつっこみたくなるところを通らなければいけません。

ほんまにすごいとこやわ。アブダビ帰ったらいろんなところに手を合わせて感謝したくなりそうです。

さて散歩いってこよ~と

2012年8月8日水曜日

ホームシック

たすくちゃん、いまスーダンにいます。
遊びじゃありませんよーだ。「応援出張」です。

何を応援してるっかって??

そんなんしらん!

まあ、ということで、スーダンです。

スーダン変なこといっぱいです。

まず、いまインターネット接続されていないはず(パソコンは接続してないと表示)なのにインターネットしてます。

4つ星ホテルの自動ドアは30cmくらい自動で開きますが、そのあと自力であけなくてはいけません。

エレベーターの電気が勝手に消えます。

これが発展途上国の醍醐味ですね~。懐かしい感覚!大好き!!!

こんなとこですかね。あとアラビア語も普通に通じます。

そして、表題に戻るのですが、たすくちゃんはホームシックです。

どこにかって?もちろんアブダビに。

別にアブダビ自体はどうでもいいんですけど、職場ですね。

アブダビには毎日私の部屋にしゃべりに来てくれる人がいるし、ご飯もみんなで食べに行くし、コミュニケーションを取ることによって仕事での助け合いができてる本当にいい人がいっぱいいてみんな優しいってことを再認識させられました。

別にスーダンが悪いってわけではないですよ。人の仕事に興味を持たないし、踏み込まない。実は至って普通のことなんだと思います。違った見方から見るとアブダビの方が気持ち悪いですよね。

スーダンはスーダンでいいことがあります。スーダンには国連の人やJICAの人がいっぱいいるんやけど、みんな希望にあふれていてきれいな目をしてるなあ~と思います。これは逆にアブダビではないですよね。やっぱり心が顔に表れるっていうのは本当なんですね。

そうすると老けてると言われる私は・・・・

よし、この1週間で若さとアラビア語力をとりもどすぞーーーーー

ファイトゥ!俺!